プロジェクト・ニム


壮絶人生★人間に翻弄されたチンパンジー


果たして、人間と動物が会話することができるのか? そんな夢のような実験がアメリカで行われていた。 その実験の対象となったのは、我々人間と遺伝子の97%が同じと言われるチンパンジー。
 実験には、中でも知能が高い母親から生まれた雄の赤ちゃんが選ばれた。 名前は「ニム」。
 今から40年前、アメリカ・オクラホマ大学霊長類センター、生後わずか二週間だったニムは、この後実験のために壮絶な人生を歩むことになる。 野生のチンパンジーの赤ちゃんは、4歳まで常に母親と行動を共にし、母乳を飲み、夜も一緒に眠る。 しかし、ニムは実験のため、生まれて間もなく母親と引き離され、人間と同じ生活を強いられることになったのだ。

 人間とチンパンジーに会話をさせる、そんな夢のような研究をしていたのは、コロンビア大学で心理学を研究していた、テラス博士。 しかし、人の場合、声帯で出した声をのどの奥と口の広い空間を使って変化させることができる。 だがチンパンジーはその空間が狭いため、声を変化させることができない。 つまり、言葉を発することができないのだ。
 そこで博士はニムに手話を教えることにした。 言葉を交わし、人間と動物がお互いの感情を分かち合う、進化の歴史に新たな1ページを刻むこの実験は、『プロジェクト・ニム』と名付けられた。 人間の子供と同じように、ニムを家族の一員として生活させ、遊びながら手話に興味をも持たせる計画だった。 そこで博士はニムを人間の家庭で育てることにした。
 チンパンジーは、生後1か月で他のチンパジーと母親の顔を見分けられるという。 よって、生後2週間から人間として暮らすことで、人間を本当の母親だと認識すると考えたのだ。

 テラス博士がニムの母親として選んだのは、ステファニーという女性だった。 テラス博士が彼女を選んだのには理由があった。 それは・・・ステファニーは心理学者を目指していたが、大家族の母親でもあった。 ニムに言葉を教えるためには、ただ訓練を続けるだけではなく、たくさんの子供達と遊ばせながら覚えさせようと考えたのだ。
 実はステファニーにも、この大役を引き受けた理由があった。 彼女は再婚したばかりで、元々、自分にも夫にも子供がいた。 新しい家庭を一つにするためにニムが大きな役割を果たすと考えたのだ。
 そんな人間の思惑や実験のことなど知る由もないニムは、本当の母親から引き離されたにも関わらず、すぐに人間の生活に慣れた。 そして、自分の母乳を与えて育ててくれるステファニーを本当の母親だと認識していったのだ。

 さらに、生後2か月を過ぎた頃から手話を教え始めた。 手話ができたら、褒めて、ご褒美を与える。 この方法でニムは、徐々に手話を覚えていった。
 そんなある日、ステファニーがニムの記録を取っていないことが判明。 ニムの母親と手話の先生、やることが多すぎて記録など取っている時間がないと言うのがステファニーの言い分だった。 だがこの時、テラス博士には焦りがあった。 研究費の予算が承認されず、早く結果を出さなければ研究を続けられなくなる可能性があったのだ。 博士は、このままステファニーの家でニムを育てると研究の妨げになると考えた。
 そこで博士が新たな母親に選んだのが、プロジェクトを手伝っていた学生、ローラだった。 こうしてニムは、1年半もの間共に過ごし、母親だと思っていたステファニーと引き離された。 そして、慣れ親しんだ生活が一変する。

 ニムが新しい母、ローラと暮らし始めたのは、コロンビア大学が所有する、ニューヨークの広大な一軒家。 ニムは、新しい環境に戸惑いを見せていた。 しかしローラは、ニムをこの環境に早く慣れさせようと、ニムに新しい生活を教えることにした。
 人間の洋服を着て、人間と同じ物を食べさせた。 それだけではない、人間の子供と同じようにおしめをして、トイレを使うことも教育した。 こうしてニムは、本来あるべき姿とは離れ、人間の文化に馴染み、手話を覚えていった。

 さらに、なるべく多くの言葉を覚えさせるために、手話の教育は大学でも毎日行われた。 ローラはニムのための部屋を作り、これまでとは違う形で手話を教えることにした。 それは、飾り一つない部屋で集中させるという方法。 初めて入る狭い部屋。 手話を教えようとしても、不安からか、ニムはなかなか手話を覚えようとしなかった。
 だが、やがて、ローラを信頼していたニムは、ここでも遊びながら手話を覚えていった。 もうこの頃には、ニムに取っての母親は、すっかりローラになっていた。
 こうして、プロジェクト・ニムは、ローラの働きもあって成果が上がり、次々と新聞や雑誌に取り上げられた。 そしてついには、テレビ出演まで果たしたのだ。 ニムは一躍、全米で話題のチンパンジーとなった。

 実験は、全て順調に思えた。 しかし、ローラがハーバード大学の大学院に合格、ニューヨークを離れることになったのだ。 ニムは本当の母、ステファニー、そしてローラと、生後わずか3年の間に3回も母親と引き離されることになった。
 ローラが家を出ようとした時、突然、ニムがローラを襲った!! ニムは母親であるローラが自分から去ろうとしている気配を感じ、それを止めようとしたのだろうか?
 こうしてローラは去り、ニムの世話は新しいスタッフが当番でするようになった。 しかし、あの事故以降、ニムは変わった。 母親を次々と失った不安と怒りのせいか、次第に凶暴になり、手話を教えるのが難しくなっていった。
 そして、1年が過ぎようとしたころ、再びスタッフが教われるという事件が発生! 彼女は顔に大怪我を負った。 そして・・・これ以上研究を続けるのは危険だと判断したテラス博士は、プロジェクトチームを解散することにした。

 だがこのとき、テラス博士は、実験は終わっても今まで集めた膨大なデータから良い結果が出せると確信していた。 しかし、映像資料を見ているとき、博士はとんでもない盲点に気がついてしまった。
 それは、研究員が手話を教えている映像にあった。 ニムと研究員が手話で会話をしているように見えるが、研究員は無意識にニムにして欲しいサインをニムがサインする前に自分から出していた。 全ての映像を見直したところ、全ての研究員は無意識にニムにサインを出していたことが判った。 手話を覚えれば、ご褒美がもらえると学習したニムは、ご褒美欲しさに手話をまねていただけで、自発的に会話をした訳でないと結論づけざるを得なかった。 こうして、プロジェクト・ニムは4年10か月で終了した。

 実験終了に伴い テラス博士は、ニムを霊長類センターへ返すことにした。 これでもう言葉を覚える必要も無い、本当の母親や仲間と平凡に暮らせるはずだった。 しかし、生後二週間でこの場所を離れ、5年近く人間の子供して生活してきたニムにとって、ここでの生活はあまりにも違いすぎた!
 そこには、今まで寝ていたベッドなど無く、しつけられたトイレも無い。 食事も、ボールに入ったチンパンジー用の餌のみ。 この日からニムは、食べ物をほとんど口にしなくなった。
 そんな落ち込んだニムを見つめる一人の男がいた。 それは、この施設で働いていたオクラホマ大学の研究生、ボブ。 ボブはニムをできるだけ支えたいと思っていた。

 本来チンパンジーは、森で暮らすもの、そこでボブは毎日 ニムを森へ散歩に連れ出すことにした。 しかし、檻を出たニムが最初に興味を持ったのは、自然ではなく、人間での生活で慣れ親しんだ椅子だった。 そして、ボブのシャツを着たがり、チンパンジーとして本来の姿に戻れずにいた。
 ボブは、捉えられたチンパンジーにとって、自由であるという錯覚が大事だと思っていた。 そこで、ニムが行きたいところにどこでも連れて行くことにした。 だがニムは、ボブに心を許せずにいた。 それでもボブは、ニムがやりたいことにとことんつき合うことにした。

 ボブは幼い頃、家庭の事情で引っ越しを繰り返していた。 そのため、学校になじめず、友達も作れず、孤独な生活を送っていた。
 そして、こうした幼少期の体験がニムの辛い体験と重なった。 だからこそボブは、ニムにチンパンジー本来の姿に戻って欲しいと願い、献身的に尽くしたのだ。
 そんなある日、驚くべきことが起こった! 何と!ニムのほうからボブに「遊ぼう」と手話で話しかけてきたのだ。 それ以来、ニムの動きが変わった。 ニムは徐々に、本来あるべき野生の姿を取り戻していったのだ。 そこには、テーブルでご飯を食べ、コップで水を飲んでいた姿など、想像もつかないニムがいた。

 しかし、こうしてボブに心を開き、元気に遊ぶようになっても、一つ心配なことがあった。 本来、チンパンジーは群れで暮らす動物。 しかし、人間としか暮らしたことがないニムは他のチンパンジーを怖がり、近づこうとしない。 ボブが他のチンパンジーの側に座り、優しく、「おいで~」と声をかけ、待つ。 すると、ニムが仲間のチンパンジーの側に座った。 さらに、檻越しなら遊べるまでになった。
 そんな、ボブとニムの散歩は毎日続けられた。 それはいつしか、お互いに無くてはならない時間となった。 こういった生活が5年続いた。ボブはこのとき、ニムと本当の友人になったと感じたという。

 ところが、2人を引き裂く事態が起こった。 実はこのとき、霊長類センターは運営の危機にあった。 資金がなくなり、人になれたニムをある施設に売ろうとしていたのだ。 ボブは必死で止めたが、ニムは霊長類センターから売られていった。
 ニムが売られた場所、そこは・・・ニューヨーク大学 霊長類研究所。 50頭から60頭のチンパンジーが新薬の効果を試すための実験台になっていた。
 何とかニムを救いたいと、ボブはニューヨーク大学の関係者に片っ端から電話をかけた。 だが・・・だれも話を聞いてくれなかった。 それでもボブは諦めなかった。 手紙でも訴え、あらゆる手段を使ってニムを救い出そうとした。

 そして数ヶ月後、ボブはある方法を思いつく。 ビデオメッセージを撮り、マスコミ各社に送ったのだ。 同じ頃、手話研究をしていたテラス博士もニム救出に動き始め、彼らの行動がマスコミの目に留まると、ニムのことが新聞で報じられた。
 当時、動物愛護団体によって、それまで容認されてきた動物実験への反対運動が盛んになり始めていた。 この記事を読み、弁護士も立ち上がった。 彼を買った研究所を相手取り、裁判の手続きをし、ニムを返すよう要求したのだ。 ようやく、ボブの願いだったニムの救出が始まった。
 すると、かつてマスコミに取り上げられ、有名になったニムを実験に使うとなると、他の動物実験まで非難されかねない。 研究所はニムを手放すことにあっさり同意した。

 しかし、ボブとニムが過ごした霊長類センターは、ニムを売ったにも関わらず、資金難が続き、閉鎖されていたのだ。 このとき、すでにニムには帰る場所がなかったのである。 だが、チンパンジーを飼育するには、設備と経費が必要だ。 学生であるボブに、それを用意するのは不可能だった。
 するとそこへ、新聞でニムのこと知った牧場のオーナーが名乗り出たのだ。 彼は、虐待され見捨てられた飼い主のいない動物を引き取り、自身の牧場で飼育することで知られていた。 ニムは、専用の小屋を作ってもらい、最高の環境で暮らし始めるはずだった。。
 本来、チンパンジーは群れを作って暮らす動物。 だが、そこに暮らすチンパンジーはニム一頭だけだったのだ!! しかも、ボブが会いにいくことも認めてもらえなかったl! 牧場主がニムを引き取ったのは、お金のためだったのだ! かつて、マスコミに取り上げられ、有名なニムはお金になると考えたのだ。

 ニムはせっかく実験施設から逃れらたものの、小屋で孤独に過ごし、誰の目から見ても弱っていった。 そんな中、ボブは牧場主に手紙を書き続け、他のチンパンジーと一緒に生活させてほしいと訴えた。 だが、牧場主はボブの訴えを無視した。
 そんなある日、ニムが小屋を抜け出し、オーナーの愛犬を襲うという事件が起きた。 この事件はオーナーにとっても衝撃だった。 オーナーは、ボブの訴えを聞き、牧場に新たにメスのチンパンジーがやって来た。 ニムに、友達ができたのである! 友達ができたことで、ニムは元気を取り戻していった。

 そんなある日、ニムを訪ねて一人の訪問者がやって来た。 その人物とは、ニムに母乳を与えて育てたステファニーだった。
 だがニムは、突然ステファニーに襲いかかった!! 牧場のスタッフがニムを射殺しようとしたそのとき、ニムはうずくまったステファニーを見て、彼女から離れた。 人間として育てられ、手話を教えられた毎日。 母親代わりのステファニーとの突然の別れ、研究熱心なローラとの手話付けの日々。 再び故郷に戻り、今度は動物としての生活を強いられ、そして、新薬の実験台となる直前、救出されたものの、牧場で待っていたのは孤独な生活。 生まれてから7年、ニムは人間達の都合に翻弄され続けた。
 あのとき、なぜニムはステファニーを襲ったのか? 再び、人間の生活に戻されると警戒したのか?それとも自分を振り回した人間への復讐なのか? 本当の理由は分からない。

 ニムの事件を聞いたボブは、類人猿の研究者になることをやめ、動物保護の活動をすることを決意した。 そして実家近くの土地で、チンパンジーを受け入れる準備も始めた。
 ニムが牧場に移されて10年が経った頃、牧場主の知り合いから雌のチンパンジーが死に、ニムが再び孤独な生活を送っていると連絡があった。 幸運にも、牧場を管理していた責任者が代わり、新しいスタッフが再会を許してくれた。 しかし、10年という歳月はあまりにも長い。 果たしてニムはボブのことを覚えているのか? ボブを受け入れるのか?それとも、ステファニーのように襲うのか?
 ボブと再開してニムが撮った行動は・・・なんと、ニムから遊ぼうと話しかけたのだ!! ニムは最愛の友人と共に過ごした日々を、10年経った今も色あせず、しっかりと記憶していた。

 ここに、ボブが最も好きだという一枚の写真がある。 この写真を見れば、ニムが自分がしてしまったことを後悔しているとうことが分かるという。 このとき、ニムがボブを引っ掻いたのだが、血が出ていることに気づき、すぐに動きを止め、そして・・・「ごめんなさい ごめんなさい あなたを怪我させて」と手話をしたという。 そして、ボブの怪我を触って、大丈夫か確認したという。
 研究のため、人間に利用され、悲惨な運命を辿ることになったニム。 しかし、ボブと過ごした日々だけは、楽しい思いでだったのかもしれない。 変わることの無かった2人の絆。 その理由についてボブは、「ニムの心とずっと一緒にいたからだと思います。研究者としてではなく、友人として僕は彼の側にいました。自分に必要なことを彼に要求するのではなく、彼に必要なことは何かを常に考えていました。なぜならそれが、僕とって楽しいことだったからです。」と語ってくれた。
 人間にとって、動物実験は必要なことなのかもしれない。 しかし、人間の都合によって振り回される動物もいるということを忘れてはいけない。

 ボブとの再開を果たしたニムに、さらに嬉しい出来事が、そう、友達がやってきたのだ! ほどなくして、新たな友達も。 こうしてニムは、やっと群れとして暮らすというチンパンジーにとって当たり前な暮らしを手に入れた。
 チンパンジーの寿命は50歳程度と言われている。 しかし、ニムは心臓発作が原因で26歳でこの世を去った。 ボブが目指していたチンパンジーの施設の完成は、ニムの生前には間に合わなかった。 しかし現在、100頭以上のチンパンジーが施設で生活している。

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