20140704 報道するラジオ「集団的自衛権閣議決定~イラクで何があったのか」

水野「報道するラジオ。今日の特集テーマです。集団的自衛権閣議決定!イラクで何があったのかと題してお送りいたします。平野さん。安倍総理が7月1日にこの閣議決定を受けての記者会見をなさいましたね。その時に記者が色々質問したんですがその時質問の一つにこんなのがありました。「自衛隊員が戦闘に巻き込まれて血を流す可能性が高まる。この点をどう考えますか?あるいは犠牲を伴う可能性に国民はどういう覚悟を持つのか」という質問がありました。それで安倍総理のお答えはですね『自衛隊の皆さんは、危機が伴う任務を果たしている。勇気ある活動に敬意を評する」という答えで結局、自衛隊の方が血を流す可能性が高まるのかどうかという危険性に対しての答えは真正面からなかったんですよね。だけども集団的自衛権を行使するということになれば自衛隊員が戦闘に巻き込まれて血を流すおそれは高まるということは逃げられない。

平野「そうですね。いくら三要件という明白な新しい危険があった場合といっても『じゃあどんな明白な危険なのか歯止めはどうなのか』と言われても安倍さんは『慎重に慎重に慎重を重ねて』と言葉を三回連ねて記者会見で言ってもその中身はどんな“慎重”なのかわからないですよね。」

水野「そこは厳密には決められていない、曖昧な部分はいくつも残ってますよね。今日は海外での自衛隊の活動が本当に現地ではどう受け止められているのかっていうのを肌で感じる体験をしてきた方にお話を伺おうじゃないとという事です。自ら現地でイラクの人達を支える活動をもう10年近く続けていらっしゃるイラク支援ボランティア、高遠菜穂子とお電話をつなぎます。高遠さん。」

高遠「はい。こんばんは、よろしくお願いします。」

水野「高遠さんが、イラクの人質事件であの時大変な経験をなさいましたけれども、あれからこの春でちょうど10年だったんですってね」

高遠「そうですね。はい。ちょうど10年になりました」

水野「あの後もずっと高遠さんはイラクでの支援活動を続けてこられていたんですか?」

高遠「そうですね。事件が2004年4月で、4ヶ月後の8月には隣のヨルダンに行ってまた情報を集めたりやってました。」

水野「そうですか。また当時のこともじっくり伺いたいと思っているんですけど。イラクが今大変な状況になっているって聞きますよね。ニュースで私も伝えながら、本当によくわかりにくいなと。いま混迷してるというのはわかるんだけど、一体どうなっているのかって思うんです。高遠さんは最近までイラクにいらしてたんでしょうかね?」

高遠「イラクと、今拠点にしているのは中東のイラクの隣の国のヨルダンなんですけれども、一番最近行っていたのは1月から4月までの3ヶ月でそのうち半分以上はイラク国内のクルド自治区を拠点に今回は緊急支援をメインにしていたので。テレビに“モスル”という所がイラクのバクダッドに次ぐ」

水野「二番目に大きい都市でモスルっていう所がある」

高遠「あそこには今年の2月に子供のプロジェクトで特別支援センターの支援を去年からやっているのでその打ち合わせと、それからモスルのお医者さんを日本で医療研修をしてもらうのを去年から始めているのでその打ち合せで病院のほうで打ち合わせとか特別支援センターの方で打ち合わせとかで行っていたんですね。その時にも連続爆弾もありましたし、夜は戦闘はやってました。」

水野「戦闘はやっていた状況のモスルに高遠さんいらしだんだ。病院にいらしたんですか。どんな状況でした?」

高遠「戦闘は夜ですね主に。朝方になると連続爆弾とかがあって..なんですけれども。これはずっと何年間も毎日続いてきた事なんですね」

水野「イラク戦争はもうずっと前に終わってますよね。」

高遠「そうんですけれども、イラク戦争後のほうが、やっぱりよく新聞とかテレビに出る“テロ”っていう爆弾事件とか車爆弾とか自爆攻撃っていうのもそうなんですけど、一方で治安を持してくれるはずの政府軍からの攻撃っていうのが市民に向けられていたこの数年間なんです。2005年から現在までは10年近くスンニ派のモスルも私が拘束されたファルージャもそうですしバグダッドもそうですし、他の地域もスンニ派の市民というのはそういう状況に耐えに耐えてきたというか10年間そういう状況だったんですよね。」

水野「政府軍は市民を守る存在のはずですよね」

高遠「シーア派の政権になってからなんですけれども、特によくシーア派政権に不満を持つスンニ派市民とかスンニ派というふうに言われるんですけど、この一行では言い尽くせないあまりにも残虐な数年間だったんですよね。」

水野「ちょっとそこのあたりがものすごくわかりにくいのがシーア派とスンニ派って宗教の対立でしょ。元々フセイン時代は何派が有力だったんですか。」

高遠「サダム・フセインはイスラム教スンニ派なんですけども、独裁政権時代も今と違って世俗主義をとっていたので、政教分離が徹底されていたというのがあってイラクの家族はすごく多いんですけど、シーア派のお母さんんとスンニ派のお父さんとかその逆とか、そういう異なる宗派を超えて、また民族も多いですから多民族とか他宗教とか、そういう異なる宗派で家族を形成してきたっていう歴史があるんですね。」

水野「じゃあスンニ派の人とシーア派の人が結婚することは別にどうってことなかったん。だ」

高遠「だったんですよ。それがイラク戦争後に新しい国造りの中で憲法が改正されたんですね。そこで問題が発生していくんですね。その新しい憲法っていうのが割合イスラム法を取り入れていて、モスルにしてもファルージャにしてもスンニ派の地域でずっとこの1年異常2012年からデモが行われていたんです市民の。もちろん市民普通のデモですね。武装とかじゃなくて。」

水野「何を求めているでもですか」

高遠「それがこの憲法改正とか何よりも一番大きな要求だったのが“反テロ法”っていう新しい法律を撤廃しろっていうのが最大の訴えだったんですね。その“反テロ法”っていうのがスンニ派市民を例えば最近ここ数日にも起きているんですけど逮捕礼状がなくても特殊部隊とか治安部隊とかが連行できちゃうんですね。」

水野「スンニ派であるというだけでですか?」

高遠「だけでなんですよ」

水野「スンニ派で何か爆弾を仕掛けたっていう話じゃなくて?」

高遠「じゃなくて」

水野「『スンニ派だ、じゃあお前は逮捕だ』って連れて行くんですか?」

高遠「はい。たとえば一番そのことを話すのにどうしても戻らなきゃならないのが2005年の5月に起きたスンニ派の宗教指導者のある事件に戻らなきゃいけないんですけれども。2005年の5月にイラク移行政府ができてすぐなんですがバグダッド市内のスンニ派の指導者の家に警察の車両が数台来て、その宗教指導者が手錠をされて連行されるんですね。それで3日間消息を絶つんですが3日目に路上で手錠をされたまま遺体が路上で発見されるんですね。そのご遺体を宗教指導者のモスクで検死とそれからお清めをして埋葬の準備をするという事があったんですね。

当時、あまりに突然の事に市民とか国際人権団体とか地元の人達が沢山映像を残しているんです。それが当時はものすごく大量に一日に何本も私の手元に送られてきて、その映像を精査していくと宗教指導者の手には、逮捕された時連行された時の手錠が付けられたままで、喉元から真っすぐ下腹部に向かって医療縫合の跡が、お腹を裂かれて医療縫合、縫い合わされていると。内蔵が全部取られている。背中には電気ドリルで穴が開けられている。脳天にも一箇所ドリルで穴が開けられているという非常に残虐な殺され方をしているというのがあったんですね。

その後宗教指導者とかではなくて一般の市民が通勤通学とかで検問所を通るときに新しいイラク警察が。しかもアメリカ軍に訓練された、訓練のために検問所に入ったイラク警察とか治安部隊に名前とかでスンニ派って言うことになると連行されるっていうのが当時は本当にバグダッド市内だけでも一日70人とか100人遺体で発見されるような状況だったんです。これが要するに“反テロ法”によってそれが可能になっているので、それを撤廃しろというのを長年言い続けてきたということですね。」

平野「ということはその時のシーア派政権が民衆の支持を受けがってそれを過剰にアメリカが支え続けたということが背景にあったということですか?」

高遠「そうですね。実際に当時は市民の間でも謎だったんです。これはどういう指揮系統でやっているのがわからなかったんですが後々にそれがイラクの新しい内務省の組織的なもので、それから民兵とかが警察官として採用されていき、そして当時米軍が治安の権限を移譲するために治安の訓練というのをすると盛んに言っていた時期なんですけれども、それまではバグダッドの検問所は米軍兵士がやっていたんですけれども、その新生イラク警察官、イラク治安部隊を訓練して訓練の一環として検問所を任せる。

所が任せて米軍兵士が引っ込んだところでそういうことが日々起こり、私の周りでもかなりそういう被害が出てきていたんです。これが大元です。」

水野「すいません。米軍って撤退しなきゃいけないから色んな治安を守っていくのはイラクの警察に任せるって。だから徹底して訓練するんだって言ってましたよね。それ元々アメリカが目指していた民主化の方向で国造りするための話だったはずじゃないですか。それがどうしてスンニ派の人達をたとえばスンニ派ということで。スンニ派って名前でわかるんですかね。その名前があったら検問所で引っ張っていって拷問するということになって。なんでそんな事になるんですか?」

高遠「市民の間でも諸説いろいろありますけども今の所事実として確認できている周知の事実となっているのはスンニ派の市民の浄化作戦みたいな所で先頭に立ってやっていた死の部隊というのがあるんですけど、その死の部隊を訓練したのば米軍だという所まではわかっているんですね。ただなぜアメリカがそうしたシーア派の過激派が隣国のイランの方から流入してきているっていうのもありましたけど、アメリカがそうした宗派対立が起きる事、それから起きている事っていうのをわかっていながら黙認していたのはなぜかっていうのは、ちょっと私の方でも色んな話を聞いてますけれども断言するっていうのはちょっとわからない。断言することはちょっとあれなんですが」

水野「スンニ派の人達にしてみたらフセイン時代は宗派が違ったってそれぞれ結婚もできるという、それぞれでやってきていたのいイラク戦争が終わってからは、もう自分たちがものすごい排除を受けて拷問を受けてしまうと。恨みつらみもものすごいことになりますよね。」

高遠「スンニ派だけじゃないんですよね。イラクのイラク人シーア派もスンニ派と共に家族を形成してきましたから、本当に長年言われてきたのは、我々イラク人の間に宗派対立はないっていうのが本当につい最近まで。今も多くの人はそうだと思いますけどもここ1-2年でちょっと様子が変わってきた。」

水野「ここ1-2年特になんですか?」

高遠「これまでは2005-2006年、特に宗派対立っていう風に括弧つきで言われていた時は2006年2007年がピークですけどシーア派の市民もスンニ派の『市民も我々に宗派対立はない。これは要するに政治的な政党とかの争いであって私達の間に対立はないんだ』って言って言い続けてきたんですが、最近は私がやっている医療支援とかで、この前も一緒にやっているアメリカNGOとの打ち合わせでいよいよ市民の間で憎しみ感情、憎悪感情、差別感情というのが下りてきたっていうのが最近は感じられますね。」

平野「地域でいうとスンニ派というのはイラクの北部が多いんですか?」

高遠「西武のアンバール地区っていう所がイラクの県の中でも一番面積が大きいんですがそこ。それから第二の都市を言われるモスル。モスルはバクダッドのようにより共存社会。クルド人も沢山してアラブ人それからクリスチャンとか、本当にバグダッドのように共存の街、モスルですね。後はサラハティーンとかキルクーク、ティクリート、あの辺もスンニ派が多いです。」

平野「急に何か石油の制圧について衝突が目立ってますよね最近。だからスンニ派の人達が多いところにシーア派の政府軍が」石油利権を確保するために行っているという面はないんですか?」

高遠「今のキルクークはどっちかというとクルド勢力が混乱でバッと押さえちゃっているコントロールしている状況になっているんですよね。ですからどっちかというと油田は南部の方に多いんですけどキルクークに関してはクルドとの問題が大きいと思います。」

水野「高遠さん。イラク戦争がずっと前に終わって私は戦争が終わったら平和が来ると普通は思う..思っていたわけですよ一般的には、戦争が終わったら平和になるんだと。でも今の話を聞いていたらもう全く“平和”なんていう物からは遠のいているじゃないですか」

高遠「そうですね。本当にそんな感じの10年と言いますか。もう本当にあんまり希望の持てる時期っていうのはこの10年を振り返ってもなかったですね。」

水野「例えばイラク戦争の時に自衛隊が出て行って後方支援できるのは非戦闘地域だっていう話がありましたよね。今だったらイラク戦争は終わっているわけだから戦闘地域はどこにもないはずでしょ?どうなんですか。戦闘地域、非戦闘地域という考え方って今のイラクで考えるとどうなんでしょう」

高遠「まあ私は戦場はイラクしか知らないのでイラクで言いますと、“非戦闘地域”“戦闘地域”っていうのが特に“テロとの戦い”っていう物になってからは、それはものすごく曖昧というか。仮にそこが非戦闘地域だとしてもいつその瞬間に戦闘が始まるかわからない。例えばいま自衛隊が派遣された話が出ましたけども武装した人が行けば非戦闘地域でも十分戦闘の標的にはなりますので。ですからそこは非戦闘地域といっても武装していけば、それはあまり意味のないというか全然意味のないことだと私は思います。」

水野「そうか、今非戦闘地域であったとしても武装した人が行けばそれで戦闘が起こりうる可能性がグッと上がるってことですね。」

高遠「そうですね。やっぱり演習じゃないので相手が居ますから戦場と演習では違うので、そこでは武器を持った味方ではない者が入ってくればやっぱりすぐさま標的になりますので。それはあまり意味のないことじゃないかなと思いますね。」

水野「例えば自衛隊が武装していくのと武装しないので行くのと全然違うんですか?」

高遠「それは全然違いますね。例えば私もイラクに行く時に武装していくっていうことは絶対に考えられない事なんですよね。安全を確保するために武装したセキュリティーでどうのこうのっていうのは。もちろん現地スタッフも嫌がりますし、そうすれば自分たち標的になる。あるいは標的になる武装集団と一緒にいるっていうことは全然、ちょっと考えられないっていうかありえない。


報道するラジオ。今週の特集は集団的自衛権閣議決定、イラクで何があったのかです。今日はイラク支援ボランティアの高藤菜穂子さんとお話をさせていただいています。高遠さん。引き続きよろしくお願いします。高遠さんが10年前イラクで拘束された時のことをお話いただきたいんですよ。あの時34歳でしたんですかね。バグダッドに向かっていた時にファルージャで武装集団に拘束されたわけですけれれど、あれはどのような状況でどうして拘束されたんですか?」

高遠「ガソリンスタンドがあるんですけど、そこに並んでいるんですけど、覆面をして顔を隠した男の人が、武器を持って武装した人が我々の車に近づいてきて。私アラビア語を喋りませんけど単語が結構その時はわかって、そのわかった単語が『こいつら日本人か?国籍なんだ?』みたいな話をドライバーにきいたんですよ。『日本人だけど』みたいな事を言って¥たら」

水野「日本人だとわかってですね?」

高遠「そうなんです。まず最初に武装した人が我々外国人を認めてまず国籍を確認したと。日本人だということを確認してから拘束されたんですよね。一度様子を見に来た人が一回去って今度更に武装した人達が来て、それで我々は日本人だということで連れ去られたっていう形なんですよ。」

水野「日本人だから連れされてたというのはどういう背景があったんですか?」

高遠「当時の2004年のファルージャ総攻撃もそうなんですけど2003年の時にイラク攻撃、アメリカのイラク攻撃を支持したっていうところでやっぱりイラクとか..向こうの人は“アジアの友”っていんですよね。我々は“中東”と言いますけど“アジアの友”はなぜアメリカの攻撃を支持したのかっていう人はちらっといたんですよね。その後に2003年の終わり2004年に先遣隊が来る自衛隊の先遣隊が来るという時にすごい周りで言われたんですよ。『なぜだ?なぜだ?』っていうことは確かに聞かれたんですね。やっぱりバクダッドの一般市民の間でも歓迎している声っていうのはあんまりなかったんですよね。それはやっぱりサマワにも自衛隊が入ってくる前に何回か行ったんですけども『日本に軍はない』というふうにきいていると。それでアラビア語で“自衛隊”っていうふうな言葉がないので“アメリカ軍”“日本軍”みたいな言い方をされるんですが。特にサマワの人達は企業が来ると思っていて、私も初めてサマワに行った時に『トヨター!』とか言われたんですね。それで行く先々で『トヨタ、ソニー、日産、何が来るんだ』っていう人とか、それから近隣の村とかそういうところから就職を期待してサマワ市内にこしてきたという人が『就職を口をきいてくれないか?』とかいう感じだったんですよね』

水野「その時は企業が来るという時は好意的っていう意味ですね。自分の就職があるんじゃないかと」

高遠「はい。『サマワが東京みたいになるんだろう』みたいな。そういう思いっていうかイメージがすごくてそれが元になっているのが“ヒロシマナガサキ”って必ず言われるんですよね。アメリカに広島・長崎に2つの原子爆弾を落とされてひどい目にあった日本がその後に世界でナンバーワンになったという。そのダメージを受けたこととナンバーワンになったという。経済的な意味ですけども、それがものすごくイラクの人達。まあ親日国は多いですけどイラクは本当に戸惑うぐらい親日家が多いんですよね。だからそんな中で日本に対する憧れとかそういった物がますます日本が来るというのが。

ある時、当時の小泉首相がアルジャジーラのインタビューを受けた時に“人道復興支援”っていう言葉をすごく強調されたので次の日に来た知り合いのイラク人なんかは、『昨日のアルジャジーラを見たか?軍隊を派遣するのをやめたらしいな』と『日本は君たちのような人道支援者を送るらしい』っていってすごく大きな勘違いをされちゃったんですよね。

もうそういう感じでしたので実際に重武装な迷彩服を着た日本人を見た時の衝撃っていうのは。当時は私はバグダッドにいてすごい物がありましたよね。イラク人全体。多分アラブ全体だと思うんですけれども。あの映像っていうのは。しかも日本からも相当注目されていたので、数ある主十カ国のゆうし連合の中でも日本ぐらいだと思います。日本から密着のような取材をクエートから入ってるとかのずっと密着されてる取材されているっていうのは。そのぐらいインパクトがありました。」

平野「高藤さんが結局その拘束を解かれたのはイラクの人達が『殺しちゃいけない』というふうに庇ってくれた。親日的な事があって庇ってくれたという事もあったというふうに聞いているんですけど。」

高遠「そうですね。でもそこまでいくのにちょっと我々も説明をしなければいけなかったので。元々は親日家だった分やはり衝撃はやっぱり我々を捕まえた武装勢力も日本に対するイメージが良かった文だけ衝撃強かったわけですよね。」

水野「つまり自衛隊が迷彩服で乗り込んできたと。自分たちが思っているような人道復興支援のイメージとは違ったという人々の思いがあった。」

高遠「それで怒り狂った人達が武装勢力になってしまっているので。プラス、ファルージャではさんざんアメリカ軍が空爆でもう本当に沢山の何千何万という人達が子どもたちを含めてたくさん殺されてしまっているので、『なぜそんな残虐な米軍に付くのか』という事が。昔の正規軍対正規軍、国家と国家という感じではなくて。例えば軍だったら徴兵でも志願でも『軍の命令に従っただけです』っていう感じがあると思うんですけど、ことテロの世界においてはやっぱり武装勢力になるというモチベーションっていう物は半端じゃないもう本当に激しい憎悪っていう物が蓄積されているので。しかもそれは止めと言って止められる物ではなく攻撃をすればするほど新たに増えていくという。ですから今テレビを賑わしているISISとかスンニ派の武装勢力過激派っていうのは、ISISだけが割と目立っちゃってますけど結構な種類がいるんですね武装勢力が。それで多分聞いている所で10個以上あるって聞いているんですけど。10グループ以上が協力しあっていると言うんですけども、ほとんどが2003年以降、主に2004年にできた武装勢力なんですよね。だからもう対テロ戦争の産物といっても全然いいと思います。」

水野「対テロ戦争したのに、そのテロリストがなくなるのではなく様々な形でネットワークを組むような形でどんどん広がっていると」

高遠「そうですね」

水野「ちょっと話を戻しますと高遠さんが拘束された時日本人だとわかって拘束したわけですね。それまではものすごい親日の人達だったのにその時にすでにやはり自衛隊が行ったというそのイメージの思っていたものとは全然違うショックという物が武装集団に大きく影響したと思いますか?」

高遠「それはもう間違いなくそうであって、最初のうちはそればっかりなんですね。連れ去られる時も“リエーシュ”っていうアラビア語で『なぜだ?』みたいな」

水野「なんで自衛隊がアメリカと一緒になってこっちに来たんだ?っていう意味ですね」

高遠「そうです。私が聞き取った単語は、『ジェイシージャパニーヤ』日本軍っていう『リエーシュ』なぜだ?っていうのが。周りにガソリンスタンドにいた人達もその後にバーっと私達を。武装勢力が私達を連れ去る時に囲むんですよねその車を。その時に市民もそういうふうにバーっと勢いで言ってきて、それをその怒りっていうものは本当に。私はそれまでアメリカ軍に2回ぐらい捕まったことがあったり、そんな事はあったんですけどイラク人から殺意を持たれるなんてことはなかったので。アメリカ軍には撃たれて銃を向けられたり腹ばいにさせられたりとか色々ありましたけど、本当に何度も何度もそれを言われたんですよ。『なぜ日本軍は』みたいなことを言われて。それは本当にショックでしたよね。」

水野「そうですね。人道復興支援で後方支援で行っていたあの時でさえそれぐらいの大きな心境の変化を現地の人にもたらしてしまった。ただまあ何とか高遠さんは拘束を解かれましたけど、その時命ながらえたのは何だと思います?」

高遠「やっぱりイラクの友人たちがメディアを使ったり色んな所で結構動いてくれたっていうのもありますし、それもありますけれども。とにかく最初の3日間は敵じゃないっていうことを訴えるしかなかったんでしょね。それでなぜ我々がイラクに来たのかっていう。特に私は拘束されたファルージャっていうのは最初から、最初の視察からずっとファルージャに入ってやっていたので、結構細かに聞き取りしていたので非常に市民が被害にあったとか、まあ武装戦力も言ってみれば遺族なのでそこにやっぱり『私はそれを知ってますよ』って『こうこうこうでしたよね』っていう事w事細かに説明していってその時に『病院に支援を持ってきました』ということをとにかく言い続けたんですね。

それで私はイラクの人達を傷つけるつもりは全くないし、要するに私は丸腰だし」

水野「そこは大きいんですかね。丸腰であったという」

高遠「もちろんそうです。もし私が銃を持っていれば、ただ連れされれるっていう事にはならないんじゃないですかやっぱり。銃を持っていたら即座に撃たれてしまうか。当時前後数日直後とかに結構韓国人、イタリア人とか結構同じように拘束されたりとかしてますけど、全員やっぱり丸腰だったから助かっているんです。丸腰だったから解放されているんです数十名。やっぱり一人だけ拳銃を持っていた人はやっぱり撃たれちゃいましたよね。だからやっぱりそこは重要でとにかく丸腰でっていうことは。それは絶対にやらなきゃいけない事で『丸腰です』って。それからじゃないと訴えができないんですよね。

水野「まず話を聞いてくれないわけですよね丸腰じゃないと」

高遠「そこから敵じゃないという事を細かに説明していくという事が何日も続くという感じでしたね。」

水野「それだけの経験をなさった高遠さんに今とりわけ伺いたいのは、集団的自衛権の行使を容認する閣議決定がなされましたよね。これに基づいて自衛隊の任務が色々と拡大されていった時に高遠さんから見たらどんな活動がこれから起こりうるのか、そのことが現地でどういう事に影響していくと思われるのか、どうお考えですか?」

高遠「前回サマワに陸上部帯が派遣されて。一旦クウェートの基地から航空自衛隊が輸送業務というのを行っていたんですけど、結局それは後の情報公開請求で、アメリカぐう兵士、武器とかそういった武装兵士とかを。殆ど6割ぐらいはそういう感じで米軍と武器を運んでいたという事で、立派な米軍のウェブサイトでも日本の兵站業務は非常に賞賛されていたんです。軍事行動と一体化した物でしたけれども、姿はやっぱり見えなかったというのがありますよね。ただそこが今度集団的自衛権という事でもっと前面に出てきたとしてら私や何かは人道復興支援だということで日本の自衛隊が送られたけれども現地の人からはこれだけの反感を買ったというのを私は体験した事からいうと、それだけでも怒りや殺意を持たれるという事であれば、集団的自衛権を行使をいう事になるとそれだけじゃ済まなくなるんじゃないかなという気がします」

水野「ラジオネーム川の底からっていう方が聞いているんですけど、安倍総理がNGOの方を救出するということも自衛隊がこれからやっていくんだという意味のことをおっしゃいましたけど会見で。それってNGOの人達はどうなんですか?って聞いてらっしゃるんですけど」

高遠「ちょっとあまり私がイメージわかないんですけど、例えば駆けつけ警護とか言う言葉が出てますけど、私は戦争はイラクしか知らないんであれなんですが、私は戦闘とか誰かが捕らえられているとかそういった時に“駆けつける”っていう事自体がもう戦闘に結びついていくんですよね。だからその“駆けつける”って言うこと自体がそこで自衛官の人達が戦闘行為をそこでかなりの確率でする事になるのではないかなと。それで基本的には今まで色んな国がイラクだけでも拘束とかNGO職員とかありましたけど基本的にはみんな交渉ですよね。交渉っていうのがあるので“駆けつけ警護”っていうのが果たしてイメージされているような、この前の会見のフリップのようなイメージで進むっていうのはちょっと私は全くイメージできないという気がするんです。」

水野「『却って迷惑じゃないですか?』ってリスナーの方の質問もありますがどうなんでしょう?」

高遠「まあ本心言いますと、我々も要するにソフトターゲット、標的になるっていうのはいきなりぐんと上がりますので今後、今一番イラクは最大級に支援を必要としていて。今年の1月2月も40万人以上が避難民になったんですよね。更に最近また増えて全部で国内避難民が120万人を超えちゃったんですよね。今最大級で支援必要ですけれども、もしそういった事になっていくと非常に支援しにくい、生きにくい、標的になる、危険増す。みたいな感じになると思います。」

水野「ラジオネーム颱風とざくろさんはですね。『こうした集団的自衛権の話が進むと日本にもテロが多くなるんじゃないかと』おっしゃるんですが」

高遠「まあこれまでもあまり知られてませんけど、日本に対する声明とかイラク戦争を機に『標的である』という事はこれまでもアルカイダ系のグループとかも何度かは出してますよね。それがますます見える形で。特に先日の武器輸出三原則の事実上撤廃のニュースでも世界中でトップニュースになってましたけどずっとニュースが流れている間に自衛隊のイメージ映像が流れているんですよね。色んな国で日本の自衛隊特集とか結構最近色んな所でやっているんです色んなチャンネルが。なので見ていると新しい日本のイメージ、それがミリタリーイメージというか。それが今すごく海外のチャンネルとかでよく目にしますよね。」

水野「軍隊としてのイメージという事ですか?」

高遠「もちろんです。訓練する普通の軍隊、パラシュート訓練していたり、顔もフェイスペイントして米軍と同じような。それから色んな海上自衛隊も航空自衛隊も全部イメージ映像。結構日本のニュースの関係は結構そういうのが出てますね。」

水野「なるほど。今日は貴重なお話を色々有り難うございました。イラク支援ボランティアの高藤菜穂子さんでした。どうもありがとうございました。」

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