紛失した核爆弾

紛失した核爆弾

その1.1950年2月13日。アラスカからテキサスに向かうアメリカのB-36爆撃機の3つのエンジンが故障、降下してしまいました。そこで荷物を減らすために核出力30キロトンの核爆弾(マーク4)を投棄しました。その時マーク4の通常火薬は爆発して閃光と衝撃波を発生しましたが、ウラン化合物は紛失してしまって回収されませんでした。

その2と3.1956年3月10日。フロリダでMacDill空軍基地からB-47爆撃機で2つの核兵器のコアを運んでいる時に高度14500フィートの地中海の空中給油中に姿を消しました。飛行機と核兵器の残骸は見つかりませんでした。武器の種類は非公開であるがマーク15、3.4メガトンの水爆だったのではないかと推測されました。

その4と5.1961年1月24日。ノースカロライナの空軍基地から2つの24メガトンの水爆を運搬中のB-52が墜落しました。1つの核爆弾は湿地の農地に埋没してしまい、深さ50フィートにわかって探しましたがウランのコアは見つかりませんでした。USAFは、土地の上に掘るために政府の許可を必要とする永久地役権を買いました。

その6。1965年12月5日。空母タイコンデロガ上で1メガトンの水爆を積んだ A-4Eスカイホーク戦闘機が船のデッキから落ちて水深16000フィートの海底に水没してしまったので見つかりませんでした。15年後アメリカ海軍は事故があった事を認めましたが安全な場所から500マイルの場所で起こったと主張しましたが嘘でした。本当は空母がベトナム経由爆撃の後に横須賀、日本に回遊した時に琉球諸島から80マイルの場所で起こっていました。

その7と8.1968年の春。原子力潜水艦、スコーピオンが母港のノーフォーク基地に戻ろうとしていた時にアゾレス諸島の南西400マイル地点で原因不明の沈没をしてしまいます。99名の乗務員は行方不明。スコーピオンは形式不明の2個の核兵器を搭載していて、その他に250キロトン出力の核弾頭を搭載した対潜水艦用の魚雷も搭載していました。

http://mentalfloss.com/article/17483/8-nuclear-weapons-us-has-lost

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